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夢から覚めた後に

2年間の研究留学生活も終わりを迎える。
ずっと夢だったアメリカ留学が実現できて感慨深い。

ここでトーストマスター(話し方クラブ)の雑誌に載っていた話(2012年1月号)から。

ある人が、自分の思いを込めたメモを小さな瓶に詰めて自宅近くの海に流した。

どんなところに流れ着いていくのだろうか。
世界中の海を漂流して行くんだろうか。
どんな人が自分のメモを見つけるんだろう。
自分の思いは届くだろうか。
いろんなことを胸に抱きながら、瓶の届く場所を思い描いた。


数十年後に海岸沿いにメモの入った瓶が流れ着いた。

拾った人は中を見た。
名前と住所が書いてあったので、調べてみるとどうやら3kmくらい離れた場所(!)に昔住んでいた人らしい
ことが分かった。
という話。

こんな風に人生の物語も進んでいく。

つまり
物語①:夢を抱く。
物語②:現実を思い知らされる。
物語③:それから・・・

実は、現実を知った後からの方が人生が長かったりするわけだ。

僕も、①アメリカでの研究生活を夢見る、②夢が破れる(論文なし?!)、③その後(???)、といった感じだったりする。
では、それからどうするのか?というのが大きな問題だ。
(ちなみに僕自身はあきらめていませんよ…まだ)

この話では自分の経歴書に書けるような基準でなく、自分自身の満足感に価値をおくのがよいのではと提案している。

確かに思ったような成果は得られなかったかもしれない。
当初描いていたような華々しい結果にならなかったかもしれない。

しかし、何回でもあきらめず(論文投稿し)、失敗してもそこから学び(レヴューアーの意見から学び)、
批判にエレガントに対処し(論文修正は淡々と行い)、他の人に貢献する(論文を形にして共著者と分かち合う)
ことが大事だというのだ(括弧内は自分なりの解釈です…ハイ)。

すると、当初思い描いていた以上に進歩していることだってあるんだから(意外に良い雑誌に載ることもある?)と。


2年間の研究生活では目に見える成果としてはたいして何も出なかったけど、多くの人との出会いから
学べることも多かった。
貯金は底をついたけど、心の充実感は何物にも代えがたいものだ。
これからもアメリカで得た経験を自分の人生に生かしていきたいと思う。
そして、いろいろと無理を聞いてくれた家族にも感謝。

では、いずれ日本(アメリカの学会会場?)のどこかで、あるいは論文紙上で皆さんのお目にかかれることを
期待してこのブログを終了します。

2年間このブログともお付き合い頂いてありがとうございました。

                   2012年3月梅
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2年間の研究留学にかかる費用

今後、研究で留学される方に参考になるところもあるかと思い、留学にかかる費用などを少し述べたい。

給料がもらえる場合や留学助成などが得られる場合もあるので状況は各自異なる。
それにどこに留学するかでも大分違うので、一つのシナリオとして取ってください。

日本出発時~生活のセットアップまで
フライト代:7-10万円x(家族の人数分)=30万円
家具購入費:30~40万円
車の購入2台:200~300万円

アメリカ生活維持期(月額)
家賃:1000~1500ドル
当たり前だが家の広さと場所によって違う。なぜか分からないが、こちらでは家賃が据置きとか下がることはない。
(毎年更新するが更新料なし)
公共料金:水道50、ガス0~50、電気60、コムキャスト130ドルで200~300ドル
ガソリン:1週間に1回ガソリンスタンドに行くと200~250ドル
駐車場代(大学):60ドル
食費:500~600ドル

だいたい月額2500~3000ドル(20~25万円)で生活は可能。
これ以外に医療保険(僕の場合はボスの補助が年間5000ドル出て2年間で計7000ドル程度自分で払った)、
車の保険が半年に400ドル程度(AIGISの車両保険なしの場合)。
おおざっぱに月あたり3500ドル(30~35万円)となる。

アメリカに来てひたすら研究だけという奇特な人ばかりでもないだろうから、ちょっとしたショッピング
とか、習い事、旅行費用なども考えておいた方がいい。
それに実際に医療にかかる(予防接種や歯科治療など)こともあるだろう。

ちなみに旅行するなら、アメリカ国内は
アメリカにいるうちに行った方が得です。
(当たり前か)

燃料サーチャージなんかはチケット代に含まれていて結構安かったりする。
(そんな料金があることさえ忘れていた)
リッチモンド~フロリダ往復200ドル(ジェットブルーなど直行便は便利で快適)。
ディズニーワールド1週間宿泊でホテル・宿泊時期によって違うけど夏場で1200~2000ドル(家族3人分)。
まあ、なんだかんだで年間2回旅行するとして2年で4回ほど(トータル1ヶ月旅行三昧という・・・)行くとして、
3000ドル/回x4回=12000~15000ドル(100~120万円)

帰国時
フライト費用:30万円
引越し費用:(究極に荷物を減らせれば…0だけど無理か)0~30万円
最後の散財:+α?
車の売却費用で上記まかなうことは可能(?)。

ざっと2年間で計1100~1300万円といったところか。
こんなご時世にぜいたくな話です。

あぁ~そうそう、意外な出費もあるよ。
日本の出発時期によっては前年度分の収入にかかる翌年の(アメリカにいて無職なのに)日本の住民税とか、
社会保険料が「え~、そんなの聞いてないよ~」と腰を抜かしたりすることも(無職なのに)。
パソコンだって日本から買って行った方がいいということもあるし(日本語設定が楽なんで)。

だから最初から全部自分の貯金だけでまかなうのはやっぱりめずらしいかも。
各種留学助成(日本の)を受けたり、給料がもらえるように交渉してみた方がいいかもしれない。
僕の場合は留学助成で大分助けてもらえました。感謝です。

でも、お金に換えられない経験が得られる面も個人的には大きかったです。
とは言ってもやはり「備えあれば憂いなし」。

でも備え過ぎて、「留学のタイミングがなくなった・・・」なんてことがないようにネ。

引越し作業

フェアウェル・パーティーも終わったので、研究は切り上げて、引越しの準備に力を入れることに。

企業派遣と違って、貧乏学生が自腹で帰国準備をしないといけず(研究と並行しながら)、なかなか
サバイバルに近い感じでもある。
しかも引越しって何から始めたらよいか分からず、困るものだ。

①書類
今後の論文作成に必要な80~100本くらいと20冊程度の書籍類を高速スキャナのFujitsuのScanSnap S1500
(日本から持参)で取り込んだ。スキャナ本体は大体4万円くらいで購入。
書籍をスキャナに取り込めるように1枚ずつばらす作業は結構大変だったが、2週間くらいかけてゆっくりと作業
して極限まで荷物を減らした(小さい書籍7冊と論文15本くらいは結局持って帰ることにした)。

②洋服その他
もともと持参した洋服もそれほどなく、要らない服は捨て、自分用はスーツケース1個分程度(!)で済んだ。
(+書類は別。書類の方が価値はなくとも自分にとって大事だったりするのだが…)
引越し業者はワシントンDCのダレス空港の近くにクロネコ・ヤマトと日通があり、日通は1箱から持ち込み
が可能らしいが、連絡して持っていったり運んでもらったりするのが面倒なのと、まあ何とか全て自分たち
で持って帰れるだろうと思ってどこにも頼まなかった。
(出発の日に「車に荷物が全部載らない!」と唖然とする可能性もあって恐怖なのだが…)

③家具
こちらでは家具は比較的安く買えた(ソファ8万、テーブル(ダイニング・リビング)各2万、TV5万円などで
トータル30-40万くらいだったか)。配送はベッド以外はしてもらったのでよかったが、帰国の際には処分に困る。
ガレージ・セールで売るというのもあるらしいが、なるべくギリギリまで使いたい。
最悪、アパートのゴミ捨て場に捨てていこうと当初から考えた(本当はイケマセン)。

寄付(ドネーション)というのを使えば、トラックで引き取ってもらえるらしい。
グッドウィル(Goodwill)に聞くと、「pick up(引き取り)はしないので各店舗に持ってきてくれ」とのこと。
サルベーション・アーミー(Salvation Army)に連絡したら、10日後に引き取りに来てくれるとのことで、
ちょうどこちらの希望日と合致したため、よかった(余裕持って連絡した方がよさそう)。

本当に自宅まで来てくれるのか心配だったが(アメリカに来た当初のコムキャストのように3度くらい
すっぽかされるのかと不安だったが)、予定日の朝9時半に本当に来てくれた!!!

これで大型家具がなくなって、きれいサッパリになった。
本当ヨカッタよ。

④車
こちらも個人売買という手段もあるにはあるが、日本で中古車なんて値段つかないくらいだったから、
もとより高く売ろうなんて考えていない。
それで購入した中古車ショップのCarMaxで売却することにした。
予約なしで、直接車を持ち込んで30分で査定(車本体とタイトルなどの書類持参のこと)、その場で
すぐに買い取ってくれる(大体見積もりから売却まで1時間半ほど)。
すぐに売らなくても1週間は同じ値段で買い取ってくれるので、帰国前日にジープは売ること。

ジープ・リバティが4.5万マイル(7万キロ)12,000ドルで購入したのが、7.4万マイル(12万キロ!)で
7000ドル(エェ~!!!ほんまかいな)。アメリカの中古車相場が高いことを再認識。
トヨタ・サイオンが大体同じような走行距離で購入価格10,000ドルが売却時価格5000ドル。

まあ、大体2年間で1台あたり5000ドル(約40~50万円)ほどかかる計算。

ガソリン代は2台で月に200ドル程度として1年あたり200x12か月=2500ドル(20万円)ほど。
ちなみに車の保険料は半年2台で360ドル(車両保険なし)で年間720ドル(6万円)くらいです。

高い値段で売ろうと思わず、割り切って考えればまあ納得できる話なのではないだろうか。
(ちょっと帰国後のお小遣い(というより当面の生活費…)ができたので嬉しい)

そうそう、車を売却して小切手(チェック)を銀行に預けても4,5営業日後以降しか引き出せないらしい
ので飛行機チケットをクレジットカードなどで購入するなど帰国後に引き落としになるような工夫をした
方がいいかもしれない。

⑤電気・ガスなどの終了
電気はインターネット上の自分のアカウントから終了可能で楽。
ガスは直接ユーティリティに連絡しないといけないが、3~5日前に連絡すると終了にしてくれる。
しかし次の入居者が入るまで(4,5日程度空いていた)継続にしておいてくれと言われて、OKとした。
水道はアパートのアカウントで支払いが可能(アパート代と別だが)。

コムキャストが問題だが、(サービスにつながりにくい)電話で直接伝えたものの、予定通りに終了
にしてくれるのかやや心もとない。最後の日に直接サービスセンターにインターネット接続機を返却
して確認しておくことにする(地元の話なので恐縮だが、ミルロード沿いにコムキャスト・センター
(ショッピングセンターに併設)がある)。まあ、最悪手続きがうまくいかない場合でも、デポジットも50ドル
最初に入れているし、それで補てんしてもらえば、こちらとしては残りは払わないで帰国しちゃってもいいかな…。

銀行口座は住所変更だけ伝えて、しばらくは残しておくことにした。
(学会などでアメリカに来ることもあるだろうし)
口座を閉じるには手紙を送ってくれればいいとのことらしい。

ということで、まあ大体はこんな感じで引越しはなんとかなりそうだ。
(結構最後の月は落ち着かないけど、なんとかなるヨ!)

卒業証書-フェアウェル・パーティー

ということで、フェアウェル・パーティー(さよなら会)の日なのである。

いつものようにのんびりと11時頃(!)に研究室に到着してから間もなく、
ボスから「じゃあ、ランチに行こうか」と声をかけてもらった。

といっても2年で一緒にランチに行くのは実に初めてのことなのだ。
(学会などではご一緒させてもらっているが)

リッチモンドの古びたダウンタウンの一角にあるレストランへ。

レストランは南部料理のアラカルトといったお店で、結構昼前でも賑わっている。
僕は、魚と豆と米料理(何ていう名前だったかな)をいただく。なかなかおいしいヨ。
ボスはマヒマヒのサンドウィッチとカニのクラムチャウダーを注文。

僕は、日本がちょうど春休みに入るため、学校の始まるシーズンに合わせて帰国するのが便利な事
を伝えた。

ボス「なるほど。それで君は3月に日本に戻ることにしたんだね。こちらでは単なるランダムな月だ
(特に意味のある月ではない)からね」と。

食事をしながら、大学のレベルの話題になって、アメリカではコミュニティ・カレッジといって大学
に入るほど金銭面・能力面で負担がかからない大学(短大みたいなもの?)があるといった話も。

食後はそのまま研究室に戻る。
2年(以上)前に初めて来た時と何も変わっていない感じがするけど(ダウンタウンはいつものように
黒人が多いし…)、そこに住む人は(僕も含めて)確実に変わっているんだろうなと、ふと考える。


午後3時からはフェアウェル・パーティーだ。
最初一体誰が来るんだと思ったが、時間になるとケンドラー所長はじめ、続々と研究所のメンバーが
会場となる会議室に入ってきた(ボスの人望のおかげ?それとも僕の…?)。

最初にボスの挨拶、それから僕へと視線が移る。
(いやっ、何も話す準備してないんですが…)
そこで簡単に2年間の研究所生活のお礼を述べる。
拍手が起こる(いやっ、それほどの話でもないんですが・・・本当に!)

それからVCUのTシャツやボールペン(教授秘書さんから既にいただいたので2本目でして…)、そして

何と卒業証明書を!!!!いただけた。

Certificate.jpg


実は先月のケンドラー教授の指導日に、教授室の壁にたくさん掛けてある賞状みたいなものを指さして、
「ああいうの欲しいんですけど・・・」
と(外人だから何でも言ったもん勝ちみたいなノリで)言うと、

ケンドラー先生「あぁ、Certificate(証明書あるいは卒業証書)ね」と言いつつ、その後、何とか冗談
をおっしゃっていたのだが、内心「あれっ、やっぱくれないのか」とやや残念に思っていたのだった。

それをちゃんと覚えてくれていたのだった。

感動した~!!!

ケンドラー所長から「壁にでも飾って」という、飾らないお言葉をいただく(ありがとうございます)。

というか、こんなにしてもらっていいんスかね?
(やっぱ御礼しとこっ。)

パーティ自体は淡々としたもので、時間とともに皆さん自分の研究へと戻って行ったけど(まあ、内心ほっ)、
激励をくれる人もいたりで(やっぱり名前知らないままなんですが・・・)、ありがたいなぁと思った次第。

いよいよ、この研究室ともおさらばか・・・。

ポスドク時代に行くべき研究室の条件

机の整理をしていたら、「ポスドクとしての研究先を選ぶ簡単な10条件」という論文が出てきた。
(Ten simple rules for selecting a postdoctoral position, Bourne & Friedberg, PLoS Computational Biology 2006; 2:e121)

アメリカに来る前は、「いろんな所を旅して、有名人に会って…」など、ややミーハーな気持ちだったが、
研究がメインなのだから、研究自体がうまくいかないとハッピーでないのではないかと日本を出発する
直前に気付いた。

そこで自分の確認の意味も込めて振り返ってみたい。

1.興味の持てる研究室に行く
自分が取り組む研究を自分自身が面白いと思えなければ時間の無駄になるのは当たり前。

2.自分の研究のやり方、生活スタイルに合ったところを選ぶ
集団が良いのか、個人でやるのがよいのか。自分の将来の研究スタイルに沿ったところが良い。
今の研究室は個人で基本的に進められるので、自分としてはパフォーマンスは良かったのではないかと
感じている。
ちなみにリッチモンドは娯楽施設も多くはないので、「静かに研究に没頭する」には良い環境かも。

3.新しい技術が身につくところか
知識や経験が最大限になる環境かどうか。
ここでは自分の解析能力の総合力は上がったのではないかと思っている。

4.バックアップ・プランを持っておく
リスクを取ることは必要。しかし、予定通り進めれば成果(論文)の出る準備もしておく。
なんと恥ずかしい(!)ことだが、2年滞在して自分が第一著者の論文が1本も出なかった。
(!!!あ~恥ずかしい)
だが、日本でやり残してきた論文を何本かアメリカ滞在中に出せたので、気持ちの上では非常に助かった。

5.現実の成果(論文)の出る研究を行う
ボスはその分野で成果を出し続けているか?現実の「お土産(論文)」をもらえる(自分で書くんです!)
ところか?
アメリカに来て有名なボスの下だと「論文が一流のジャーナルに通りやすい」
まことしやかに語られるが、それははっきり言うと

だ。

僕自身が体験済みだからハッキリ言える。
一流雑誌に載せるのは本当に難しい。

チャレンジしたらいいと思うけど簡単じゃないよ。
結局は自分の(論文を書く)能力+その研究室の題材次第。

いわば、遺伝(個人の能力)x環境(研究室)といったところか。

6.第一著者にこだわれ
ファースト・オーサー(第一著者)でなければ、まあ自分の働きは埋もれたまま。

7.期間を決める
優秀なポスドクほどボスは長く置いておきたいものだが、最大3年が上限。
僕自身は2年間と最初から決めておいた。留学先なんて「結局来てみないと分からない」からだ。
1年だと全く成果も出せないだろうし、3年間だと「はずした場合」に痛い(長い)。
今思うと、2年間は論文が出せるまでには「やや短い」かも。
でも、アメリカ生活としてはそれなりに楽しめたし、ついでに貯金も底をついてきたところ(!)だしで、
ちょうど良かったのではないかなと感じている。

8.キャリアパスを考える
自分のボスと将来は同業分野で競争することになる。良いボスを選ぼう。

9.自分の研究費を取る
将来自分の研究室を開くには必須。

10.今後伸びて行く(行きそうな)研究室を選ぶ
その方が、注目を浴びやすいということ。
個人的にはマイナーな分野が好きだけど。
(内科のようなメジャー科に対して、精神科もマイナー科と呼ばれている)
自分が好きな分野ならどこにしたっていいんじゃないかと思うけど…(1.に続く)。

研究目的にせよ、バカンス目的にせよ、いずれにしても自分自身が「これだけはできれば納得」というもの
があれば、それが成果だと思う。

僕自身のことを挙げておくと、

①(同じ研究分野の)有名人に会って、
②アメリカ中を旅して、
③論文を書いてくる


ことを目的として考えてきた。

①はケンドラー先生やゴッテスマン先生を始め、不安障害の分野であこがれであった先生に多く会えた。
②は北はカナダ、南はメキシコ、西はラスベガスまでといった感じか。
③は「残念ながら」成果ゼロ(!)だが、アメリカの成果はまだこれから出まっせ、乞うご期待といった気分。

最後まであきらめないぞ~!!!


ということで何かのご参考になれば。
プロフィール

たけりっち

Author:たけりっち
2年間の研究留学でヴァージニア州リッチモンドへ
専門は精神医学で双子と不安障害の遺伝研究を行っている。

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